令和7年の冬も、北海道には厳しい寒波が訪れています。電気代の高騰が家計を圧迫し、さらには世界的なエネルギー不安から、いつ大規模な停電が起きてもおかしくないという危機感を、私たち札幌市民はどこかで抱えながら暮らしているのではないでしょうか。そんな中、寒さをしのごうとして真っ先に思いつくのが、もはや国民的肌着とも言える「吸湿発熱素材のインナー(いわゆるヒートテックなど)」の重ね着です。しかし、もし暖房が完全に停止した極寒の室内や、避難を余儀なくされた屋外で、この重ね着が「命取り」になる可能性があることをご存知でしょうか。実は、日常使いには優秀なこれらのインナーも、使い方を誤ると「汗冷え」を引き起こし、急激に体温を奪う原因となってしまうのです。今回は、冬山登山という過酷な環境で培われた「レイヤリング(重ね着)」の知識を防災に応用し、電気やガスが止まっても命を繋ぐための、真の防寒術についてお話しします。なぜ「ヒートテックの重ね着」が危険なのか?多くの人が愛用している「吸湿発熱素材」のインナーは、体から出る微量な水分(水蒸気)を繊維が吸収し、熱に変えるという素晴らしい仕組みを持っています。通勤や通学、暖房の効いた室内と外を行き来するような日常生活においては、薄くて暖かい、非常に優れたアイテムであることは間違いありません。しかし、災害時や極寒環境下においては、話が別です。最大の問題点は、その素材の多くに使われている「レーヨン」などの繊維が、「乾きにくい」という性質を持っていることです。人は寒くても活動すれば汗をかきますし、厚着をして動けばなおさらです。また、緊張や恐怖による「冷や汗」も馬鹿になりません。吸湿発熱素材は、一定以上の水分を含むと発熱能力が飽和し、今度は濡れた布が肌に張り付いたまま、なかなか乾かない状態になります。濡れた衣服は、乾いた衣服の約25倍もの速さで体温を奪うと言われています。これが「汗冷え」です。暖房のない環境下で一度体が濡れて冷え始めると、自力で体温を回復させることは困難になり、最悪の場合、「低体温症」に陥り、死に至るリスクすらあるのです。「ただ暖かいものを着ればいい」という考えを捨て、「いかに肌をドライに保つか」を最優先に考えることこそが、究極の防災なのです。雪山登山に学ぶ「命を守るレイヤリング」の極意登山家たちは、変わりやすい山の天候と激しい運動量の中で体温調節をするために、「レイヤリングシステム」という合理的な重ね着を実践しています。これは、衣服を3つの役割に分けて重ねる方法です。ベースレイヤー(肌着)ミドルレイヤー(中間着)アウターレイヤー(外殻)この3層構造を正しく理解し、組み合わせることで、私たちは電気を使わずとも、自身の体温という熱源を最大限に活かし、保持することができるようになります。それぞれの役割を詳しく見ていきましょう。1. ベースレイヤー:汗を肌から引き剥がす最も重要なのが、肌に直接触れる「ベースレイヤー」です。ここでの役割は保温ではなく、「吸汗速乾」です。かいた汗を素早く吸い上げ、拡散し、肌を常に乾いた状態に保つことが求められます。防災用として備えるなら、おすすめは「メリノウール」または「登山用の化学繊維(ポリエステル等)」です。特にメリノウールは、天然の抗菌防臭効果があり、数日お風呂に入れない災害時でも臭いにくいという大きなメリットがあります。また、ウールは濡れても保温性が落ちにくいという、天然のエアコンのような機能を持っています。ポリエステルなどの化学繊維は、圧倒的な速乾性が魅力です。綿(コットン)やレーヨンを含む肌着は、一度濡れると乾かないため、非常用持ち出し袋に入れる防寒着としては避けるのが賢明です。2. ミドルレイヤー:デッドエアを溜め込むベースレイヤーの上に重ねるのが「ミドルレイヤー」です。この役割は「保温」です。繊維の中に空気をたっぷりと含み、体温で暖められた空気の層(デッドエア)を逃さないようにします。代表的な素材は「フリース」や「薄手のダウン」、「ウールのセーター」などです。特にフリースは、濡れても保水しにくく、すぐに乾くため、雪かきなどの作業で汗をかいたり、雪で濡れたりする可能性がある場合には最適です。ポイントは、脱ぎ着がしやすい前開きのものを選ぶことです。暑いと感じたらすぐにファスナーを開けて熱気を逃がし、汗をかくのを防ぐという温度調節(ベンチレーション)が、汗冷えを防ぐための重要なテクニックになります。3. アウターレイヤー:熱を閉じ込め、外気を遮断する一番外側に着るのが「アウターレイヤー」です。役割は「防風・防水・透湿」です。せっかくミドルレイヤーで溜め込んだ暖かい空気も、冷たい北風に吹かれれば一瞬で吹き飛んでしまいます。風をシャットアウトするウインドブレーカーや、雨雪を防ぐレインウェア、マウンテンパーカーなどがこれに当たります。ここで重要なのが「透湿性」です。内側の湿気(汗の蒸気)を外に逃がす機能がないと、内側が結露してしまい、結局体が濡れてしまいます。ゴム合羽やビニール製のカッパは完全防水ですが透湿性がないため、長時間の着用には注意が必要です。ゴアテックスなどの透湿防水素材が理想ですが、防災用としては、脇の下にベンチレーション(換気口)があるものや、少しゆとりのあるサイズを選んで空気の通り道を確保することも有効です。令和7年の自宅防災:日常着を「サバイバル仕様」にここまでの知識を踏まえ、私たち札幌市民が今すぐできる備えは何でしょうか。それは、高価な登山用品を家族全員分買い揃えることだけではありません。手持ちの服の素材表示(タグ)を確認し、「これはベース向き」「これはミドル向き」と分類し直すだけでも立派な防災対策になります。素材タグのチェック(綿やレーヨンを肌着にしない)ゆとりのあるサイズ感の確保(重ね着で血流を止めない)首・手首・足首の「3つの首」を温める小物の準備特に「3つの首」は血管が皮膚の近くを通っているため、ここをネックウォーマーやレッグウォーマーで温めるだけで、体感温度は劇的に上がります。マフラーよりも、隙間ができにくく外れにくいネックウォーマーが、就寝時や作業時には安全で有効です。また、靴下の重ね履きも有効ですが、締め付けすぎると血行が悪くなり、かえって冷えや凍傷の原因になります。少し大きめの靴下を用意するか、ルームシューズを活用するなど、足先の血流を確保することを忘れないでください。家族で暖を分け合う「シェア・ウォーム」の精神レイヤリングは個人の対策ですが、災害時は「相互扶助」の精神もまた、暖かさを生み出します。一つの部屋に集まり、小さな熱源を共有すること。お互いの体調、特に低体温症の兆候(震えが止まらない、口数が減る、無関心になる等)がないかを確認し合うこと。そして、高齢者や子供など、体温調節機能が弱い家族には、優先的に高機能なウェアを着せてあげること。物理的な衣服の重ね着だけでなく、こうした「心の重ね着」とも言える助け合いが、凍えるような夜を乗り越える力になるはずです。令和7年の冬、私たちはテクノロジーだけでなく、こうした知恵と絆で、寒さに立ち向かっていきましょう。まとめ冬の北海道において、寒さは単なる不快感ではなく、直接的な生命の危険です。日常的に愛用している吸湿発熱インナーも、災害時という非日常においては、その特性(乾きにくさ)がリスクになることを知っておく必要があります。重要なのは、肌をドライに保つ「ベース」、熱を蓄える「ミドル」、外気を遮断する「アウター」という3層の役割を理解し、手持ちの衣服を適切に組み合わせることです。特にベースレイヤーには、ウールや速乾性のある化繊を選びましょう。正しい知識は、どんな高価なダウンジャケットよりもあなたを温め、守ってくれます。そして、その知識を家族や友人と共有し、声を掛け合うこと。それが、私たちさっぽろ市民共済が目指す、温かい相互扶助の形です。この冬、衣服のタグを一度見直し、万が一のブラックアウトにも動じない「着る防災」を準備してみてください。


