
頑丈な鉄筋コンクリートに、充実した設備。一戸建てに比べて、マンションは災害に強いと思っていませんか?確かに建物自体の安全性は高いかもしれません。しかし、本当に恐ろしいのは、災害そのものよりも、その後の「生活の崩壊」です。
エレベーターは止まり、電気・水道・ガスは途絶。そんな極限状況で、数百人、数千人が同じ建物で暮らすことになる…。想像してみてください。その時、住民同士の助け合い、すなわち「共助」の仕組みがなければ、マンションは巨大な孤島と化してしまいます。
そして、その「共助」の要となるのが、皆さんの「管理組合」です。
「うちのマンションには立派な防災マニュアルがある」「年に一度、防災訓練もやっている」…果たして、それだけで本当に安心と言えるでしょうか?今回は、平時の「無関心」が招く災害時の悲劇と、そうならないための「機能する管理組合」の新常識について、鋭く切り込んでいきます。
多くのマンションで、防災対策が「やっているふり」で終わっている危険性があります。あなたのマンションは、以下の「落とし穴」にハマっていませんか?
立派なファイルに綴じられた防災マニュアル。しかし、その中身を具体的に知っている住民はどれくらいいるでしょうか?「災害対策本部は誰が立ち上げるのか」「安否確認はどういうルールで行うのか」「要配慮者(高齢者や乳幼児、持病のある方など)の名簿は更新されているのか」。
マニュアルは、作って満足するのではなく、全住民が「共通のルール」として認識して初めて意味を持ちます。 読まれていないマニュアルは、ただの紙の束でしかありません。
「私たちのマンションには、3日分の食料と水が備蓄されています」と聞くと、少し安心しますよね。では、質問です。その倉庫の鍵は、誰が持っていますか? 大災害の混乱の中、理事長や管理人がすぐに見つかるとは限りません。
また、備蓄品を誰が、どのような優先順位で、どうやって配布するのか、具体的な計画はありますか?賞味期限の管理は誰が?「あるはず」という思い込みが、いざという時に「使えない」という最悪の事態を招くのです。
年に一度の防災訓練。参加するのは、いつも熱心な役員と一部の住民だけ…。消火器のデモンストレーションを遠巻きに眺めて、備蓄品のクッキーをもらって解散。そんな「こなすだけ」の訓練になっていませんか?
これでは、本当に災害が起きた時に動ける住民は育ちません。訓練は、住民の防災スキルと「共助」の意識を高めるための絶好の機会であるべきです。
では、どうすれば管理組合を「機能する組織」に変えられるのでしょうか。鍵は、特別なことではありません。平時から住民同士の顔が見え、風通しの良い関係を築いておくことに尽きます。
管理組合の活動や防災計画を、一部の役員だけのものにせず、全住民にオープンにしましょう。議事録や備蓄品リスト、防災マニュアルの要約などを、掲示板はもちろん、マンション専用のアプリやSNSグループでいつでも誰でも閲覧できるようにするのです。
情報がオープンになれば、「知らなかった」という言い訳はなくなります。「知らせる努力」と「知ろうとする意識」、この双方が噛み合って初めて、住民の当事者意識が芽生えるのです。
防災訓練を「義務」から「楽しみ」へ変える発想の転換が必要です。
例えば、ただの安否確認訓練ではなく、各住戸が玄関ドアに「無事です」と書いたタオルやマグネットを掲示し、それを役員がチェックして回る「安否確認ラリー」。備蓄のアルファ米や乾パンをみんなで試食し、アレンジレシピを競う「防災クッキング大会」。簡易トイレの組み立て競争や、防災クイズ大会を取り入れた「防災フェア」を開催すれば、子どものいる家庭も喜んで参加するでしょう。楽しんで身につけた知識や経験こそ、災害時に活きるのです。
これが、私たち組合が考える「相互扶助」の究極の形です。あなたのマンションには、看護師、医師、介護士、電気工事士、あるいはDIYが得意な人など、様々なスキルを持った方がいるはずです。もちろん個人情報には最大限配慮した上で、本人の同意を得て「いざという時に協力できることリスト」を作成しておくのです。
災害時、「〇〇号室の△△さんは看護師だから、ケガ人の応急手当をお願いできるかもしれない」。この情報があるだけで、安心感は格段に高まります。マンション全体が、一つの巨大な助け合いチームになるのです。
「でも、自分は役員でもないし…」そう思ったあなた。間違いです。マンションの住民である以上、あなたも管理組合の大切な一員です。管理会社や役員は、あくまで住民の代表。「サービスを受けるお客様」という意識を捨て、主体的に関わることが、自分と家族の命を守る第一歩です。
ポストに投函される管理組合の総会資料や議事録に、一度だけでも目を通してみましょう。エレベーター内の掲示物をしっかり読むだけでも、防災意識は変わります。
総会や理事会に参加できなくても、防災に関するアンケートには必ず回答しましょう。「こんな備蓄品が必要では?」「こういう訓練がしたい」といった前向きな意見は、役員にとって非常にありがたいものです。
あなたのマンションだけが助かっても意味がありません。隣のマンションや地域の町内会と合同で防災訓練を行うなど、より大きな「共助」の輪を広げていく視点も重要です。これは、マンションという共同体を基盤とした、新しい「地域貢献」*の形と言えるでしょう。
災害時に本当に頼りになるのは、最新の防災グッズでも、立派なマニュアルでもありません。平時から育んできた、お隣さんとの信頼関係です。
管理組合は、一部の役員が運営する「会社」ではなく、住民全員で築き上げる「自治会」です。エレベーターで交わす挨拶、総会への出席、防災イベントへの参加。その一つひとつが、目には見えないけれど何よりも強固な「共助」という名の防災インフラを、あなたのマンションに築いているのです。
この記事を読み終えたら、まずはご自宅のポストを覗いてみてください。そこに、あなたの命を守るための第一歩が眠っているかもしれません。